こんにちは!行政書士の栗原です。
「ラーメン屋、居抜き物件につき格安で譲ります!」
魂を込めた一杯で勝負したいあなたにとって、こんな言葉はまさに天啓かもしれません。寸胴や麺茹で機が揃っていれば、初期費用をぐっと抑え、スピーディーな開業が実現できますよね。
私が店長だった「遊べる本屋」でも、前の店舗から引き継いだ本棚を上手く活用して、自分たちらしい売り場を素早く作り上げた経験があります。だから、居抜き物件の魅力、すごくよく分かります。
しかし、ここで一つ、絶対に知っておかなければならない「甘い罠」があります。それは、「前の店の飲食店営業許可は、引き継げない」という事実です。 「え、名義変更すればいいんじゃないの?」…残念ながら、その「名義変更」という概念は、飲食店営業許可の世界には存在しないのです。
今回は、この最大の罠を回避し、居抜き物件の宝だけを手に入れるための方法を、徹底解説していきます。

なぜ引き継げない?飲食店営業許可の「名義変更」が存在しない理由
なぜ、前の店の許可をそのまま使えないのでしょうか。それは、飲食店営業許可が、「誰が(人)」、「どこで(場所)」営業するのかをセットで審査し、許可しているからです。
許可の本質は「人」と「場所」の組み合わせ
保健所が出す飲食店営業許可は、以下の二つの要素が組み合わさって初めて成立します。
- 対物許可としての側面:その物件の厨房設備が、衛生上の基準(条件)を満たしているか。
- 対人許可としての側面:申請者(あなた)が、営業者としての欠格事由に該当しないか。
つまり、許可証に書かれているのは、「この厨房(場所)はOKです」ということだけではなく、「この厨房(場所)で、あなたが(人)営業することを許可します」という意味なのです。 ですから、たとえ場所が同じでも、営業する「人」が変われば、全く新しい別の許可として、ゼロから申請し直さなければなりません。
「引き継げない」けど「活かせる」!居抜き物件の本当の価値
「なんだ、結局、面倒な手続きは同じなのか…」 そう落胆するのはまだ早いです。確かに許可の引き継ぎはできませんが、居抜き物件には、その手続きを圧倒的に有利に進めるための「宝」が眠っています。
それは、「飲食店営業許可の基準を満たした設備環境」そのものを引き継げる可能性がある、という点です。
新しい許可の申請が難しいのは、スケルトン(何もない状態)から厨房を作り、それが保健所の条件に合うかどうか、というハードルがあるからです。しかし、居抜き物件は、少なくとも一度はそのハードルをクリアした実績があります。
つまり、あなたが引き継ぐのは「許可証」という紙切れではなく、「許可を取りやすい厨房」という、お金には代えがたい資産なのです。

宝の山か、ガラクタの山か?ラーメン屋の居抜き物件チェックリスト
ただし、その「資産」が本当に価値あるものかどうかは、あなたの目で厳しくチェックする必要があります。特にラーメン屋さんの場合、設備は過酷な使われ方をしていることが多いです。
チェック項目 | 具体的な確認ポイント |
① 厨房設備の状態 | 寸胴、麺茹で機、コンロの火力は十分か? 給排気ダクトに油詰まりはないか? 冷蔵庫や製氷機の動作は正常か? |
②【最重要】グリストラップ | グリストラップ(油水分離阻集器)は設置されているか? 容量は十分か? 清掃状況はどうか? ここの不備は、後々費用と悪臭の大きな原因になります。 |
③ 保健所の現行基準 | シンクの数は足りているか? 従業員専用の手洗い場は適切な場所にあるか? 床や壁の材質は、現在の基準を満たしているか? |
④ 造作・リース契約 | 譲渡される設備は何か、リストで明確になっているか? リース契約が残っている設備はないか? |
▶ご参考:食品衛生手続関係_横浜市
スムーズな新規許可取得の「流れ」
居抜き物件での飲食店営業許可取得は、時間との勝負。家賃が発生する前に、効率よく準備を進めましょう。
【STEP 1】物件の内見・仮押さえ: まずは物件をチェック。上記のリストを参考に、設備の状態などを確認します。
【STEP 2】保健所への事前相談: 契約前に、必ずお店の図面を持って管轄の保健所へ! 「この設備で、新たにラーメン屋の許可は取れますか?」と確認します。ここでOKが出れば、大きなリスクは回避できます。
【STEP 3】契約: 保健所の確認が取れたら、不動産屋さんと賃貸借契約、前のオーナーと造作譲渡契約などを結びます。
【STEP 4】書類準備と資格確認: 申請書、図面、そして食品衛生責任者の資格証明書などを準備します。資格がない場合は、急いで講習会に申し込みましょう。
【STEP 5】保健所へ申請: 書類一式を保健所に提出します。この届出が受理されてから、許可証が交付されるまで約2〜3週間かかります。
【STEP 6】施設検査: 保健所の担当者がお店を訪れ、図面通りか、衛生的に問題ないかをチェックします。
【STEP 7】許可証の交付と営業開始: 無事検査に合格すれば、許可証が交付され、晴れてあなたのラーメン屋のオープンです!
▶ご参考:川崎市_営業許可申請の手引き(飲食店を営業されるかたへ)
まとめ:「名義変更」の幻想を捨て、賢く「新規取得」を
飲食店開業における居抜き物件の許可について、ご理解いただけたでしょうか。
- 「名義変更」は存在しない。必ず「新規」で許可を取り直す。
- 引き継ぐのは「許可」ではなく、「許可を取りやすい環境」。
- 契約前の「保健所への事前相談」が、あなたの運命を分ける。
居抜き物件は、確かに大きな魅力を持っています。しかし、その魅力は、正しい知識というフィルターを通して見た時に初めて、本物の「宝」に変わるのです。
「前の店の許可が…」という甘い言葉に惑わされず、自分の力で、新しい許可を堂々と取得する。その手続きこそが、あなたのお店が地域に根ざし、長く愛されるための、最初の誠実な一歩となるはずです。
居抜き物件の契約は、法的に複雑な点も多く、物件の状況によって保健所の判断が難しいケースも少なくありません。ご自身のケースで「この設備で許可は取れるだろうか?」「契約書の内容が不安だ」といった具体的なご相談がございましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。元店長として、そして行政手続きの専門家として、あなたの「最高のスタートダッシュ」を全力でサポートさせていただきます。